シカゴで、それはそれは豪華にそびえ立つ白亜のビルを見上げて、Mはびっくりした。 そして、それがアメリカ最大の生命保険会社P社の建物だということを説明されると、二度びっくりした。
なぜ生命保険会社があんなに大きいビルを建てられるんだ。 やがてMはそのナゾを解いた。
脱モノづくりその後のSの足跡は、M氏のワンマンショーと言ってもいい。 ウォークマンという歴史的なヒット商品もあったが、注目すべきは、非モノづくり分野に積極的に参入していったことである。
特に1981年のP生命保険との合弁による生保参入は画期的なものであった。 なぜ盛田氏がそれまで縁のない生保のような業界に参入したのかは理解しがたい。

Sの社史では次のように説明されている。 既に見たようにM氏はSビルを建てた時点で、輸入商社やレストランといったサービス業に手を染めている。
しかし、それらはあくまでもモノづくりを担うSのブランドイメージを向上させるための補助的ビジネスであったはずである。 だが創業者が第一線を退いた今、M氏は誰にも遠慮なく、自分の商才を試すことができた。
このときから、Sは製造業の枠を超え、コングロマリットとも言うべき道を歩み出すことになる。 Sブランドの演出Sというブランドは、M氏自身が創造したものである。
そのコアイメージは旺盛なビジネスチャレンジの旗印のようなものであった。 ただ、Hとの違いは、そのイメージが意図的に作り出され「今度はMを売り出そう」こう上司たちは言った。
K正雄部長はBに深いつながりを持っていた。 当時の社長.Sは必要な人材を外部から調達することを厭わない。
主として海外への市場開拓におけるマーケティングのプロや係争に備える国際法務のプロの招聴が中心であったが、広報関係のプロも目立つ。 彼らは、Sイメージのコアとして創業者、I氏を「売り込む」ことから始めた。
「天才技術者の創った会社」こそがSイメージの原点であった。 当時、広報部門に在籍したK氏は当時をこう述懐している。

I氏とは友達だった。 (中略)K部長はメディア戦略、マスコミとのつき合い方に長けていた。
彼はB、朝日新聞社、毎日新聞社などと非常にうまくつき合った。 (中略)私がこのK部長、M課長の2人に教えられたのは、パブリシティのあり方だった。
酒場で世間話のようにS内部のいろんなおもしろい話をして、マスコミの連中のSに対する理解や関心を深めていった。

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